ぷうちゃんのメッセージ
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ぷうちゃんが虹の橋を渡って1週間がすぎました
だいぶ心が落ち着いてきました
コメントをいただいた皆様へのお礼と
どうしても書き留めておきたいぷうちゃんのことを
思いつくまま綴りたいと思います
かなり長い長い文章となると思います
また 支離滅裂で感情的な内容になるかもしれませんが
お時間があればお付き合いいただければうれしいです |
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ぷうちゃんは2006年9月に我が家にやってきました
もうすぐ2周年だなぁとよろこんでいた矢先のできごとでした
ぷうちゃんはお店にいるとき もうすでに成鳥でしたので
年齢はおそらくちょうど2才ぐらいだと思います
正直言って こんなにはやく大好きなぷうちゃんとの別れがくるとは夢にも思っておらず 心にぽっかりと大きな穴が開いたような気持ちです
僕はちゃんとぷうちゃんのことをみてたのだろうか
あのときのあの判断がいけなかったんじゃないだろうか
もっと環境をよくしてあげてたらストレスをすくなくしてあげられたのじゃないだろうか
病気のことをもっとよく勉強してたらなにかちがったんじゃないだろうか
ぷうちゃんが亡くなって3日ぐらいの間は
そんなことばかりが頭の中をぐるぐるめぐって
ぷうちゃんのそっけないけど愛らしい仕草や
好きなゴハンを持って行ったとき 一目散に食べに降りてくる ぷうちゃんらしいあの姿が思い出されて 涙を流しながら ただ「ごめんなさい」を心の中で繰り返すばかりでした
その一方で 日常生活はいつものように繰り返され ふつうに毎日を送っている自分に なんだか嫌悪感を抱いてしまい 自分はけっこう冷酷な人間なんじゃないのかと考え込んだりしてしまいました
だけど一日一日 日がたつにつれ そんなことじゃいけないんじゃないか そんなことぷうちゃんがよろこばないんじゃないか
ぴーちゃんやむうちゃん こげちゃんのこともちゃんとみてないと
とくにむうちゃんは ぷうちゃんがいなくなってから かなり落ち込んでいて
ゴハンもあまり食べなくなったので 僕とトミがしっかりしなきゃと
思いなおし
すこしづつ気持ちを落ち着かせ
やがて 日常生活に笑顔がもどってきました |
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あらためてみなさんからいただいたコメントを読ませていただき
ぷうちゃんがこんなにもたくさんの方に愛されていたのだと
うれしくうれしくて またポロポロと泣けてしまいました
ぷうちゃんの性格 ぷうちゃんの生い立ち
ちゃんと皆さんわかってくださっていて
ああ みんなちゃんとぷうちゃんを見ててくれたんだ
ぷうちゃんは自己主張がちょっとニガテなインコちゃんだったけど
そんなぷうちゃんを大好きと言ってくれる人が
こんなにもたくさんいたんだ
「ぷうちゃん きみは本当に幸せなインコちゃんだね」
って 今 お骨になったぷうちゃんに話しかけています
コメントをくださったみな様
本来ならば皆様のブログにおじゃまして または個々のメッセージに対して それぞれにお礼を申し上げるべきところですが
今回はこの場をかりてお礼させていただきます
まきママさん ミケさん ムーポポさん
茶々のママさん ポチさん オンプさん
boocho2さん おかめたろうさん ピピトLOVEさん
文鳥さん まつばさん ゴマクスさん うすこいさん
アイアイさん sea-moonさん ぴーちゃんのままさん
ち〜ピコちゃんさん りこさん ルカさん 流れ星さん
片羽インコさん とりきちさん GJRさん エミ〜ゴさん
マカロンさん かずりんさん ロビンさん うめやっこさん
サーコさん 鳥都りとさん 蚊取り犬さん 希望さん
ninaさん ゆうこさん カロ母ちゃんさん moeさん
鳥が大好きな子さん イチゴさん るいさん
お掃除おばさんさん インコマンさん トリちゃんさん
ちょこさん すずむしさん しゅんさん ミルクさん
みなさん 本当にありがとうございました
僕もトミもすごく励みになりました
そしてなにより ぷうちゃんが
こんなにもたくさんの方におくってもらえて
「しあわせだな」って思っているとおもいます
いまごろ 天使になったインコちゃんたちがあつまっているインコの天国で きっとみんないっしょに仲良くあそんでいることでしょう
そこには病気なんかなくて みんな健康で
おもちゃもたくさんあって
たのしい鳥さんたちの世界があって
そしてそれぞれのインコちゃんは
あとからやってくる飼い主さんたちを待ってるんでしょうね
僕もいつか命をまっとうしたとき
虹の橋のたもとで ぷうちゃんが待っていてくれるのだと
思っています
そしたらまた 一緒に暮らせる
そう思うと すこし笑顔になりますね |
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7月21日 ぷうちゃんを火葬してもらいました
庭のある一軒家に住んでいるのであれば
お庭に埋葬し いつもぷうちゃんをみていられるのですが
残念ながらマンション住まいだし
このあたりはコンクリートやアスファルトで塗り固められた場所です
ぷうちゃんを埋葬するにはあまりにもさみしい
なによりお家が大好きだったぷうちゃんなので
やっぱりいっしょに家に帰ろうと思いました
いつか森の中で暮らすのが僕の夢なのですが
そのときに あらためてぷうちゃんのお骨を庭に埋葬し
自然に還してあげようと思います
ぷうちゃんがいなくなった次の日
一番の仲良しだったむうちゃんに異変がおきました
体をふくらませて うつらうつら居眠りをしてました
ゴハンもあきらかに食べてません
あまりむうちゃんらしくない姿です
むうちゃんはぷうちゃんがいなくなったことを
敏感に感じていたようです
ぷうちゃんを火葬してもらいに行くとき
最後のお別れと
むうちゃんにぷうちゃんを見せました
むうちゃんは近寄ってきて
ぷうちゃんを じーっと見てました
本当に見つめてました
そしてたぶん理解したのかもしれません
ぷうちゃんがお星様になったことを
ぷうちゃんがお骨になって
家にかえってきて
いつもの場所
ぷうちゃんの特等席である 仲良しむうちゃんの隣りに
ぷうちゃんの大のお気に入りだったお家(カゴ)をおいて
その中にお骨になったぷうちゃんをおいてあげると
むうちゃんはにわかに元気を取り戻しました
前の日は黙って目をとじていたむうちゃんが
またいつものように
さえずりをはじめました
もしかしてぷうちゃんそこにいるのかな
僕らにはみえないけど
むうちゃんにはみえているんだ
そう思いました |
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実は ぷうちゃんを火葬する前日の夜
不思議な夢をみました
そこはとある海辺の高台にある街
石造りの古い家々が立ち並び 道は迷路のように入り組んでいました
雰囲気から察するに
行ったこともない どこか西欧の歴史ある街のような感じでした
僕はあたらしく住むためのアパートをさがしています
目星をつけたアパートの一室を見学させてもらっているところでした
その部屋はかなり高い丘の上にあり
ベランダからは
所狭しと立ち並ぶ古い家並と その先には
ずっと遠くまでひろがる穏やかな海がみえます
波はキラキラと輝き そして雲ひとつない空にはサンサンとお日様が照っていて
部屋のなかを明るく照らしています
サラサラ乾いた気持ちのいい風が吹きこんできます
眼下にひろがる街には こんなにもたくさんの人が住んでいるのに
遠くの波の音がざわざわと聴こえてくる
そんな静かな街の 丘の上にある部屋でした
僕はひと目でその部屋が気に入り
家主である ニコニコと笑顔をうかべている
人のよさそうな ふくよかな西欧人のご婦人に
この部屋にきめますと即答するのでした
そして
まだなにもない部屋の真ん中には ぽつんと鳥かごがひとつ
なかには元気なぷうちゃんがいました
僕はぷうちゃんにはなしかけます
これからここで暮らすんだよ
あたたかくて気持ちがいい場所だね
ぷうちゃんはいつものようにそっけない態度で
でもすごく気持ちがよさそうに
やがてうとうとしはじめました
この夢にどんな意味があるのかわかりません
僕の深層心理のなにかがみせただけなのかもしれません
だけどなんとなく
ぷうちゃんが夢のなかにでてきて
メッセージをくれたのかななんて
気持ちが落ち着いた今では
自分勝手にかんがえちゃってます
その頃 自分を責めて 後悔ばかりしてたので
きっとぷうちゃんが
そんなことないよって言ってくれたのかなと
そう思うようになったのは
冷静さを徐々に取り戻しはじめた頃
ふと最後のぷうちゃんの姿を思い出し
そこに強いメッセージが込められていたことに
あらためて気づいたからです
ぷうちゃんが亡くなった19日の朝
そのときはパニックになっていて
どういうことかわからずにいたけど
いま考えると
あのときぷうちゃんは最後の力をふりしぼって
ぴーちゃん むうちゃん こげちゃん
そしてトミと僕に
メッセージをくれていたのだなと思えてきたからです |
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前日 7月18日(金)
仕事中 トミから電話がかかってきて
「ぷうちゃん 具合悪そうだからまた病院につれていくから」
と言われました
前日通院して注射を打ってもらっていましたが案配がよくないようでした
病院と自宅の中間に僕の職場があるので
よく通院の帰りに職場の近くに車を止めてもらい
みんなの顔を見に抜け出すことがあったのですが
前の日もぷうちゃんの顔を見に外に出ました
そのとき いつものぷうちゃんならキャリーケースをのぞきこむ僕から逃げるようにすみっこのほうに移動するのですが
その日はなぜか僕の顔をまっすぐに見上げ
しきりにピュイピュイと大きな声で鳴くのです
そんなぷうちゃんを見たことはなかったのでびっくりしましたが
そのときは「うれしいな」という感覚でした
そして注射の治療で調子よくなったのかなと
だから「体調くずしてる」というその日のトミの電話におどろきました
昨日はけっこう元気そうだったのに・・・
朝ぷうちゃんの様子をみたときも 眠ってはいましたが
現状維持ぐらいの状態でした
その日の午後
病院にいるトミから電話がかかってきました
このまま入院することも選択肢のひとつとして考えてください
と先生に言われたということでした
え?
そんなにひどいの。。。
どうして。。。
「どうしよう・・・」
とトミに言われましたが
僕はとにかくぷうちゃんが自分のお家(カゴ)が大好きなコだということを考え
病院ではストレスがたまるから家に連れて帰ろうといいました
そのほうが余計な負担をかけないと思ったからです
その日はあいかわらずの遅くまでの残業でぷうちゃんの顔を見ることはできませんでした
7月19日(土)
起床し ぷうちゃんの様子を見たとき
僕は愕然としました
ぷうちゃんはカゴの床にうずくまっていました
止まり木にとまれなくなっていました
ぷうちゃんの急変におどろき
体が震えました
そんな・・・どうして・・・
僕は動揺し パニック気味でした
ただただ ぷうちゃんのカゴの前でぷうちゃんの様子を見ていることしかできませんでした
だけど僕はぷうちゃんの命が尽きようとしてるとはすこしも思わず とにかくどうしたらぷうちゃんが元気になってくれるだろうとそればかり考えていました
まず安静にすることが大事だ
あとは栄養をとらなきゃ
その日 僕はどうしても終わらせなければならない仕事があり
出社しなければなりませんでした
トミも替わりがきかない仕事でどうしてもパートを休めませんでした
だけどぷうちゃんをひとりにはできない
どうしよう・・・どうしよう・・・
トミは お義母さんにあずけて何かあったら職場に電話もらって病院につれていくから
といいました
だけど実家までの移動などのストレスを考えると
ぷうちゃんによくないと思い やはり僕がみてることにしました
なるべくトミが仕事をはやくおわらせ できれば早退させてもらって
入れ替わりに僕が出社するということで話がまとまりました
8時にトミが出掛け できるだけはやく帰る
そのあと僕が出社すると
そのとき時計の針は6時40分をさしていました
ぷうちゃん
今はゆっくり休んで 体力を回復してね
トミが家事をしているあいだ
僕はそう願ってぷうちゃんを見守っていました
ところがいつもほとんど動かずじっとしているぷうちゃんが
その日に限って
落ち着きなくうごきまわっているのです
薬のせいかフラフラ足下がおぼつかず 見ていてとても痛々しい姿でした
どうして! ぷうちゃん ゆっくり休んでなきゃだめだよ!
ぷうちゃんは もはや自分の体も支えきれない様子で
それでもフラフラと歩き
エサ箱のほうにいき ゴハンを食べようとしました
しかし足に力が入らずエサ箱のなかに沈んで行くようにして動けなくなりました
!!!!
ぷうちゃん!!!
すぐに底の浅いエサ入れと取り替え いつものエサ箱を取り除きました
するとぷうちゃんはまたしても フラフラとした足取りで
カゴの中央におかれた底の浅いエサ入れのほうへ進んでいき
もはや力の入らなくなったクチバシで一生懸命
ゴハンをついばんでいました
なんとしてでも元気になってやる
ぷうちゃんの並々ならぬ生命力
ぷうちゃん がんばれ!
その調子で病気なんか追い出しちゃえ!
だけどぷうちゃんはゴハンをうまく食べることができず
苦しそうにうずくまってしまいました
ぷうちゃん!
そうだね 食べにくいね
食べやすいようにしたゴハンあげるからね
まっててね
こんなことならフォーミュラーってやつ
買っておけばよかった
まさかこんなことになるなんて
こんなことになるなんて
水槽も用意しなきゃ
病鳥の看護は保温が大事だから
なんてオレはバカなんだ
なんでもっとはやく備えてなかったんだろう
ぐるぐるぐるぐる
頭の中をぐちゃぐちゃといろいろな思いが駆け巡り
苦しそうなぷうちゃんを見てることしかできない自分を責めました
ぷうちゃんは
自分がもうよくない状態だと
このとき悟ったのかもしれません
このあと
ぷうちゃんはしんじられない行動をしました
家事を終えたトミが様子を見にやってきました
取り乱す僕とはちがい
トミはなるべくいつもと同じように
普段とかわりない態度でぷうちゃんに接しようと
ふるまっていました
しかし 肩がかすかにふるえています
ムリをしているのが見て取れました
そのときです
ぷうちゃんが突然 目を見開いて
トミのほうへ寄ってきました
ど どうしたの ぷうちゃん!?
そしてぷうちゃんはカゴのまえのほうへ出てきてよじ上り
ピュイピュイッ
と鳴きはじめました
ぷうちゃんが自分からこちらへ寄ってきました
食いしん坊のぷうちゃんはゴハンをもっていくと
すぐに止まり木から降りてこちらに駆け寄ってきますが
それ以外でそんなぷうちゃんの姿をみたのははじめてです
なに?外に出たいの?
トミがそう話しかけて カゴの前の扉を開けた途端
ぷうちゃんは勢いよく飛び出してきて
トミに飛びつきました
いままでカゴの底でうずくまっていた姿からは想像もできない行動でした
僕は何がなんだかわからず
でもこれだけ動けるならまだ大丈夫だ
だけど無駄な体力を使わず
いまは安静にしててほしい
そんなことを考えて
とにかくぷうちゃんにカゴにもどってもらおうと思いました
しかしぷうちゃんはつぎの瞬間
こげちゃんのカゴに飛び移りました
!!!
ぷ ぷうちゃん!
ぷうちゃんはこげちゃんのカゴの側面から
上に駆け上がると
次にぴーちゃんのカゴに飛び移りました
ピュイッ ピュイッ
ぷうちゃんがこんなふうに鳴きながら飛び回るなんて今までみたことありません
ぷうちゃん なに? みんなに会いたいの?
トミはそう言うと
ぴーちゃんのカゴの上にいるぷうちゃんをそっと手で包みこんで
むうちゃんのカゴの前につれていってあげました
するとぷうちゃんはまたも同じように
むうちゃんのカゴに飛び移り側面をよじ上りはじめました
むうちゃんは仲良しのぷうちゃんが来てくれてうれしいのか
キョロキョロ見上げていました
そしてそのあと
こんどは部屋の床に飛び降り
ふらつきながらも部屋の床をバタバタ歩き回り
最後にまたトミのところへ飛び込んでいきました
パニクっていた僕は
この一連のぷうちゃんの行動の意味が
まったく理解できず
とにかく体力の消耗だけが心配でハラハラして見ているだけでした
あるいはこれらの行動はすべて偶然の出来事だったのかもしれません
ドラマチックに考え過ぎなのかもしれません
だけど今 僕は なんとなく思うんです
あのビビリでおとなしいぷうちゃんが
最後に見せた姿
あれはぷうちゃんの最後の挨拶だったんじゃないのかなって
「先にいくよ みんなありがと」
ってみんなに言ってたのかなって
ぷうちゃんはもう 歩き回ることも 飛ぶこともできませんでした
うずくまり しずかに目をとじました
最後にもう一度
頭を持ち上げて 部屋の中を見渡して
そのあと
眠るように息をひきとりました
平成20年7月19日 午前7時10分
ぷうちゃんが虹の橋をわたっていきました
最後にありったけの命の炎を燃やして |
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ぷうちゃんの一生は病気との闘いでした
だけど持ち前の生命力で数々の窮地を乗り越えてきました
以前に通っていた動物病院の獣医さんに
「余命1ヵ月」
と言われ 治療のしようがない
とさじを投げられたぷうちゃんを
今の先生は
「このコは強い子です だいじょうぶですよ」
と言ってくださって
それから1年半もの間 最低でも月に1回
多いときで3回4回とぷうちゃんを診てくださいました
ぷうちゃんが亡くなった日の午後
手を尽くしてくれた先生にトミがお礼の電話をしました
受付の女性が出たので
ぷうちゃんが亡くなったこと
先生にはとてもお世話になりましたということ
そのことをお伝えください
と伝言をお願いしました
先生の病院はとにかく患者さんがひっきりなしにおとずれるので
先生は昼も休まず 夜も遅くまで診察している方です
その手をとめてしまうのはとても申し訳がないので伝言をお願いしたのですが
受付の方が
ちょっとお待ちください
と言って先生に伝えに行ってくれました
するとしばらくして先生が電話に出られて
ぷうちゃんの急変にたいへんおどろき
そして涙を流してくださったそうです
それだけで先生がいかにぷうちゃんと真剣に向き合ってくれていたかが伝わってきます
先生はすこしも望みを捨てず ぷうちゃんの回復を信じて治療してくださっていたのです
先生がいてくれたから体の弱いぷうちゃんが2年という月日を生きることができ
そして最後まで命の炎を燃やすことができたのだと思います
先生には心から感謝しています
それから
ぷうちゃんの病気に真っ向から立ち向かい
雨の日も風の日も
何度も何度も
時には週に2度3度 病院へ通い
ぷうちゃんと二人三脚でがんばってきた
トミに
お疲れさまと言いたいです
ぷうちゃんはわかっていました
最後にトミのもとへ飛んでいったのが
なによりのメッセージです |
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ぷうちゃんがいなくなっても日常は日々繰り返されるけれど
でもぷうちゃんのことはいつまでも大切な家族であり
これからも僕やトミの心の中に生きつづける大好きな大好きなインコちゃんです
一生忘れることはありません
ぷうちゃんは今 苦しさから解放されてすごく安らかにすごしているでしょう
よかったね ぷうちゃん もう辛くないね
と今なら 涙目になりながらも言えるようになりました
ぷうちゃんが大好きでした
願わくば もう一度だけ ぷうちゃんに会いたいです
ビビリのぷうちゃん
切れ長の目をしたぷうちゃん
ゴハンが大好きなぷうちゃん
頭のいいぷうちゃん
たまにしか鳴かないぷうちゃん
グリーンペレットが大好きで粉までなめてたぷうちゃん
むうちゃんとは気が合って大の仲良しだったね
うるさいこげちゃんのことはちょっとニガテだったね
ぴーちゃんとは一番長く一緒にいたのに
お互いあんまり興味なかったみたいだね(笑)
ぷうちゃん
ありがとう
すごく 楽しかったな
ぷうちゃんと暮らせて |
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長い長い文章でしたが 最後まで読んでくださってありがとうございました
なんだか意味不明の長文 稚拙な文章に 不快に思われた方もいらっしゃったかもしれませんが
ぷうちゃんの最後の命の輝きをみなさんに聞いていただきたくて一生懸命 書きました
はじめて最愛の鳥との別れを経験しました
身を切られるような悲しみではありますが
この経験はけして無意味なものではなく
これからもインコちゃんを愛していくうえでの貴重な経験となりました |
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最後になりましたが
ぷうちゃんと私たち夫婦に
心のこもったあたたかいメッセージをくださった皆様
本当にありがとうございました
心からお礼もうしあげます |
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この世のすべての鳥さん 飼い主さんたちが幸せになれますように |
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「小鳥とおじさん」 管理人 ダイスケ(バードマン) |
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「小鳥とおじさん」はちょっとだけ夏休みをいただきます
エネルギーをたっぷり充電してまたもどってまいりますので
そのときはまた このブログにお付き合いいただければたいへんうれしいです |
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posted by バードマン(ダイスケ) at 12:05|
Comment(39)
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サイドストーリー(ぷうちゃん編)
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あんなに小さなインコさんなのに、時にすごく私たち人間を和ませ、励ましてくれるんですよね。ぷうちゃんはびびりぃちゃんだったけど、最期は本当に立派だったよ。ぷうちゃん、インコ天国では伸びやかに楽しく過ごしてね。
ダイスケさん、トミさん、どうかしっかり休養をとってください。そしてまた楽しいブログが再開される日を待っています。
伝えて下さりありがとうございました。
最後までぷうちゃんは諦めなかったんですね。
ぷうちゃん本当に強いです。
夢は、きっとぷうちゃんがこれから住む所を見せておきたかったんじゃないでしょうか。
私はそう思います。
また会う時のために、この場所を思い出してほしいって思いもあったんじゃないでしょうか。
そして、その場所は、大好きなダイスケさんに決めて欲しかったんだと思います。
今はどうぞゆっくり休んで下さい。
ブログの再開まで、のんびり待ってます。
そしてむうちゃん達に会えてとっても
幸せだったと思います。
最後のお別れもちゃんと言えたし、
きっと満足して虹の橋へ旅立ったと思います。
ぷうちゃんのお話をよんで、
まりおが虹の橋に旅立った時の事を
思い出しました。
我が家のセキセイインコのまりおも虹の橋で
待ってると思います。
まりおも私が会社から帰ってくるのを待って、
さよならを言ってくれました…。
ダイスケさんもトミさん、ゆっくり休んでくださいね。
ブログ復活するのを私もゆっくり待ってます(・∀-)b⌒☆
愛する子との別れはママもいたいほどわかります。
陸奥君のことを思い出して涙が出ました。
ぷうちゃんはとても幸せだったですね。
きっとまたお二人の元に
戻ってきてくれると思います。
だって一番うれしい自分の家族ですものね。
ダイスケさん、
トミさんどうぞゆっくり休んで下さいね。
ぷうちゃんのご冥福をお祈りいたします。
サーコも不慮の事故でヒヨチュンをお星様にさせてしまったので、愛鳥を失った痛みと悲しさが凄く分かります。
でも、絶対にぷうちゃんはお二人の愛情には感謝していると思います。
とにかく今はゆっくりトミさんとぷうちゃんの思い出と過ごして下さい。
ぷうちゃんの最後の時を書いてくださってありがとうございます。この文章を書くのはお二人とも複雑な想いと悲しみがあったと思います、ぷうちゃん最後まで頑張って生きようとしてたのですね最後は大好きなお二人と仲間たちに囲まれて幸せだったのでは?全員にお別れを言って旅立って逝ったぷうちゃんはやっぱりぷうちゃんらしいなっと
ぷうちゃんが飛び立ってからも日常の生活は流れていき普通の生活を送っていくのに罪悪感を感じる気持ちは分かります。まだまだ悲しくて笑って日々を過ごせないことも…でも、むうちゃんの様子からもぷうちゃんはまだ近くで見てるのでは?安心してインコ天国に行けるようにダイスケさんトミさん元気だして下さい
夏休み、ぴーちゃんたちとゆっくり過ごしてまたブログの更新を待ってます。
だから、幸せにお星様になったんだと思います。
そして、お星様の姿でダイスケさん一家を見守ってくれていると思います。
むうちゃん、分かってるんですね・・・ぷうちゃんの事・・・、インコちゃんって、ちっちゃいのに不思議ですよね。
いまごろ、ぷうちゃんは虹の橋で他のインコちゃんと
飛んでいるんでしょうね。
ダイスケさん、トミさん、ぷうちゃんの思い出を・・・
いつまでも。
ぷうちゃんは、こんなに愛されて幸せだったと思います。だから、自分を責めることはこれ以上なさらないで下さいね。
時の流れは、どうすることもできず、ぷうちゃんはいつまでもめそめそしているダイスケさんやトミさんを望んではいないのでしょうね。いつまでたっても虹の橋を渡れず、やっと病気から開放されてもつらい思いをし続けなければなりません。
私が金ちゃんを亡くしたときは、新しい仕事を始めたばかりで、でも、苦しんでいる金ちゃんを残して仕事に行くわけには行かないと思いました。私に対する信用が落ちてしまっても、仕事を休んで金ちゃんを病院へ連れて行こうと思いました。それが私の金ちゃんに対する愛だと思いました。そうしたら、金ちゃんは私が会社へ欠勤の連絡をする前に天国へ行きました。「折角始めた仕事を頑張りなさい。」と金ちゃんは私に言いたかったのでしょうか?それが金ちゃんの私への愛だと思いました。
ぷうちゃんも、仕事へ行く前のトミさんに元気な姿を見せて、笑顔でさようならをしたかったのでしょう。二人に最後にありがとうとさようならを言いたかったのでしょう。小さな頭だけど、愛情というものと沢山お二人から学んだのだと思います。
いつか笑ってお二人でぷうちゃんの思い出話ができる日が来ることを信じています。
ぷうちゃんは、痛みから解放されて、愛情もたくさんもらって。
後は、お二人に笑顔で虹の橋を渡らせてもらえれば、それで本当に幸せになれるのでしょうか。
むうちゃんも、悲しんでいるんですね。
Life goes onです。元気になってください。
夏休み明けに元気なダイスケさんに会えることを楽しみにしています。
読んでいて、涙が止まりませんでした。
ぷうちゃんは、みんなに感謝して逝ったのですね。
私も、大切なセキセイの子が死んだ後
辛いのに、普通に生活している自分が
とても冷たい人のように感じた事を、思い出しました。
それなのに、ふと落ち着いた時に涙が出てきて
気力が、なかなか戻らなかったです。
大切な子が、死んでしまったのだから当たり前ですよね。
夏休みで気持ちの整理がついたら
また、おじさんのブログが始まるのを
気長に、楽しみに待っています。
夏バテしないように、お仕事も頑張ってください (*^v^*)
ぷうちゃんがきちんと挨拶して旅立った様子に、思わず感心してしまいました。
本当に本当に、いい子ですね^^
そして、ぷうちゃんのためにがんばった
ダイスケさん、トミさん
お二人も、本当にいいお人です。
そして、このお二人のもとにきた
ぴーちゃん、むうちゃん、こげちゃん
きっときっと、幸せに思っていることでしょう。
もちろんぷうちゃんも。
夏休み、存分に休んでくださいね。
再会する日をのんびりお待ちしてます。
いつもブログ拝見しています。
前回もコメントしようと思いましたが、なんと声をかけてよいのやらわからず、涙出ながらも結局コメントできませんでした。
今回のブログも泣かずにはいられませんでした。
私も小学6年生のときに、ピーちゃんというぷうちゃんそっくりの色の子を亡くしました。
ピーちゃんは私と同い年だったので、12年生きたことになります。
小さい頃はピーちゃんにはもっとたくさんの仲間がいて、よく一緒に遊んでいたのですが、引っ越した日に他の仲間が猫にやられてしまい、ピーちゃんだけになってしまったのです。
私達家族の不注意でした。
それからピーちゃんはぷうちゃんと同じビビリ屋さんになってしまい、仲良く遊んでいた私にも強い力で噛むようになりました。
その後偶然にも若いお嫁さんをもらい、気の強いお嫁さんからいじめられててもピーちゃんは幸せそうに見えました。
そのおかげで12年生きることができたんじゃないかなと思っています。
ぷうちゃんの訃報を知って、どうしてもピーちゃんを思い出さずにはいられませんでした。
ピーちゃんが亡くなってから、更に12年経ちますが、未だに「ピーちゃんは本当に幸せだったかな」と思うことがあります。
ダイスケさんのように、何事もなく日常を過ごしていることにも罪悪感を感じることもありました。
いつも身近にいたピーちゃんがいなくなる「死」や「喪失感」「命の大切さ」をよく感じました。
ぷうちゃんは幸せだったんだと思います。最後の挨拶をしていったんですから。
エゴかもしれませんが、ピーちゃんも幸せであったと思いたいです。
今は虹の橋で、昔の仲間やお嫁さんのチロちゃんと遊んでるかな。
今保健室の先生を目指して勉強中です。
ピーちゃんから学んだ「命の大切さ」を、将来子ども達にしっかり伝えていきたいと思っています。
長文失礼しました。
またブログが再開される日を待っています。
ダイスケさん、トミさん、ぷうちゃんは、大好きなみんなにかこまれて、きっと幸せだったと思います。
ダイスケさんが感じたとおり、ぷうちゃんは、自分のことわかっていて、最後にみんなに挨拶したんだとおもいます。わたしも涙が止まらなくなってしまいましたが、ぷうちゃんは、お空から見守ってくれていると思うので、少しずつ、元気だしてくださいね。
再開するまで待ってますね。
ぷうちゃんはダイスケさんやトミさんや他のインコちゃんたちにメッセージを残してくれたんですね。
「もう大丈夫だよ。元気出して。」
「さよなら。また会おうね。」
と。
わたしは今3羽のセキセイを飼っているのですが、まだインコを失ったことがありません。
でも、もしわたしが大好きなぴよちゃんたちを失ってしまったら、学校にも行けなくなるくらいショックを受けると思います。
なので、ダイスケさん、トミさん、今はゆっくり心と体を休めてまた元気な「小鳥とおじさん」を再開してくださいね。
P,S,
ぷうちゃん、お空の上で元気に暮らしてね。
みんなそう願ってるよ。
ぷうちゃんが旅立った記事も見ていたんですが、
何とコメントしていいのか分からず、
コメントできませんでした。
大好きだった可愛いぷうちゃん・・・・。
私も今、号泣しています・・・。
家族に「どうしたん?」と言われています(苦笑)
でも、一番辛いのは、ダイスケさんやトミさんでしょうね・・・。
ぷうちゃんの最期にとった行動が凄いと思いました!
皆にあいさつをして、旅立った・・・。
そんなぷうちゃんはとっても強いと思いました。
ぷうちゃん。天国でお幸せに・・・。
この言葉がとても好きです。
ぷうちゃんの最期の行動は、まさに“愛”だったのではないでしょうか。
再開待っています。
ゆっくりやすんでくださいね。
ぷぅちゃんとのお別れ、お辛いことと思います。あたしも未だに去年の9月にまだヒナだった子とお別れしたときの思いがなくなることはないです。
そのときにやはりHPを通じていろんな方に励まされました。無理せず、思いきり亡くなった子のために悲しんでください、そして前を向いて歩いてください、って言われました。
またぴーちゃんやむぅちゃん、こげ美ちゃんのお話が聞けるのを楽しみにしてます。
お星様になった時のことを思い出して、
涙が出てきてしまいました。
最初の子・・・ちゃたろうは弱い子で、
ちょうど2年でお星様になりました。
毎日毎日通院して注射して。
でも、その日の夕方も病院に行ったけれど、
もうぐったりしちゃって。
その姿を見て私は治療を拒否しました。
もう長くないって、わかったんです。
そして、これ以上痛い思いはさせたくないと。
帰宅してからは、
ずっとずっと私の手の中にいました。
そうして最期は、
私の手の中で羽ばたいて逝きました。
はばたいたんです。息を引き取る直前。
驚きました。そして、本当に泣きました。
30過ぎまで、
家の事情で動物を飼育したこともないし、
祖父母の死に目にも立ち会ったこともなく。
そんな私が初めて死に接した時でした。
本当に、悲しかった。
でも、本当に色々と学ばせてもらいました。
その後、2羽お星様になってしまったけれど、
その時は、どういうわけだか、
両方とも私がいない時でした。
あの子が、
いなくなった時の私の姿を見て、
悲しませまいと思って、
配慮してくれたのかなぁ・・・
なんて思っています。
もちろん、いなくなってしまうのは
とても悲しいです。
私の家は一軒屋なので、
自宅の敷地内で眠っていますが、
埋葬するときに
「そっか。ちゃろうがいるんだ」と
思うと、なぜかほっとするのです。
ぷうちゃん、すごい子だったんですね。
ちゃんとみんなにご挨拶までして。
きっと、お空でみんなのことも
見守ってくれていると思います。
どうかご自分を責めないでくださいね。
ぷうちゃん、それだけ一生懸命最後まで
看てもらえて、うれしかったと思います。
それから、むうちゃんが心配です。
みんな平等でしょうから難しいかもしれないけど、
どうか、沢山遊んであげてくださいね。
お星様になった時のことを思い出して、
涙が出てきてしまいました。
最初の子・・・ちゃたろうは弱い子で、
ちょうど2年でお星様になりました。
毎日毎日通院して注射して。
でも、その日の夕方も病院に行ったけれど、
もうぐったりしちゃって。
その姿を見て、私は治療を拒否しました。
もう長くないって、わかったんです。
そして、これ以上痛い思いはさせたくないと。
帰宅してからは、
ずっとずっと私の手の中にいました。
そうして最期は、
私の手の中で羽ばたいて逝きました。
はばたいたんです。息を引き取る直前。
驚きました。そして、本当に泣きました。
30過ぎまで、
家の事情で動物を飼育したこともないし、
祖父母の死に目にも立ち会ったこともなく。
そんな私が初めて死に接した時でした。
本当に、悲しかった。
でも、本当に色々と学ばせてもらいました。
その後、2羽お星様になってしまったけれど、
その時は、どういうわけだか、
両方とも私がいない時でした。
あの子が、
いなくなった時の私の姿を見て、
悲しませまいと思って、
配慮してくれたのかなぁ・・・
なんて思っています。
もちろん、いなくなってしまうのは
とても悲しいです。
私の家は一軒屋なので、
自宅の敷地内で眠っていますが、
埋葬するときに
「そっか。ちゃろうがいるんだ」と
思うと、なぜかほっとするのです。
ぷうちゃん、すごい子だったんですね。
ちゃんとみんなにご挨拶までして。
きっと、お空でみんなのことも
見守ってくれていると思います。
どうかご自分を責めないでくださいね。
ぷうちゃん、それだけ一生懸命最後まで
看てもらえて、うれしかったと思います。
それから、むうちゃんが心配です。
みんな平等でしょうから難しいかもしれないけど、
どうか、沢山遊んであげてくださいね。
インコは、とても感性のある生き物だという話は、ぷぅちゃんがありったけの力で、最後まで諦めることなく一生懸命生きてみんなにありがとう、を伝えたかったその姿を想像するだけでも、すごく伝わってきました。
ぷぅちゃん、先生の仰ったとおり、生命力の強い子ですね。これだけ命を全うできたのも、みんなの愛情のおかげだとちゃんと分かってたんですね。
夢は、きっとぷぅちゃんと前からご縁があったのかもしれませんよ。人間と動物にも、過去のご縁って存在するんだそうです。ヨーロッパ風の建物がすごく印象的で心が温まりました。きっと、新しい命となってダイスケさんとトミさんのもとにやってくるかもしれません。
暑いので、体調に気をつけて家族みんなで、ゆっくりと充電してください。
全部読ませていただきました。
今、わんわん泣きながらコメントを書いています。
ぷうちゃん、本当に幸せだったと思います。
大好きな人たちにお別れのご挨拶ができたんですから。
私の最愛のオカメインコ・ポポが亡くなって3ヶ月経ちますが、今でもふとポポの壮絶な最期を思い出して涙することがあります。まだ完全に立ち直れていないのかもしれません。なので、ダイスケさんも完全復活までゆっくりお休みしてください^^
ブログ再開、楽しみに待っています♪
全部、全部読みました。
ぷうちゃんへの愛情がいっぱいつまった、
ぷうちゃんへのメッセージ。
どんなに愛しておられたのか分かりました。
まずは、お疲れ様でしたといいたいです。
そしてエネルギーをためて、天国にいるぷうちゃんのためにも、元気なお姿で戻ってきてください。
トミさんバードマンさんの元気なお姿をきっと天国でぷうちゃは見守ってくれていると思います。
悲しみはすぐには消えないし、消すものではないと思います。ただ、私たちはいつかは前を向いて歩いていかないと、いけないと思います。
それには少しずつ、ぷうちゃんとの思い出を振り返り、整理して、今いる元気な鳥さんたちに目を向けることが大事だと思います。
どうぞゆっくり充電してください。
お帰りをお待ちしております。
ぷぅちゃん、夢の中で、ダイスケさんに「私は幸せだよ、大丈夫だよ」って伝えたかったのかな。。それとも、過去にもそういうお部屋でダイスケさんと暮らしたことがあって、今回も会えたのだからまた会えるよ、って伝えたかったのかな。。そんなことを思いました。
ぷぅちゃんの最後の挨拶回りの様子。。。ぷぅちゃん、最後の力を振り絞ってありがとうって伝えたかったんですね。お家の床を歩き回ってる様子は、お家にもさようならを言ってるように思えました。
いつも一緒に通院してくれたトミさんには、感謝の気持ちでいっぱいだったのでしょうね。
ぷぅちゃん、きっと今でもダイスケさんのお家でみんなと一緒だと私は思います。
ただ、目には見えないだけで(むぅちゃんには見えてるようですね)
また目に見える形でも、みんなにきっと会いにきてくれると思います。
暑い日が続きますが、ダイスケさん、トミさん、どうぞお体にはお気をつけてゆっくり休んでくださいね。
ブログの再開を楽しみにしております。
お疲れ様でした。自分を責めてはいけませんよ。
ぷうちゃんは天寿をまっとうしたんです。早すぎるのは悲しいことだけど。変なたとえ話ですみません。人間の子供や赤ちゃんが早くに天国に行ってしまうのは、それだけ現世での行いが良くて、神様が、もう次に生まれ変わろうね、頑張ったね、幸せだったねって迎えに来るのだと思います。
だからぷうちゃんも同じだと思います。
そして生まれ変わったらまたダイスケさんのとこにやってきますよ(^o^)丿
ゆっくり充電してください。またブログの再開楽しみにしてますね!
お掛けしたい言葉がどうにも見つからなくて、数日もんもんしてました。
今も、ハナと涙がジョージョーです。
本当にかわいい子、かけがえのない子。
だから神様にも愛されて、神様に召されたのかな。
ダイスケぱぱ、トミまま、よく頑張られましたね。
ゆっくりお休みください。
無理をしないで ゆっくり休んでくださいね。
ぷうちゃんは ダイスケさんのところで一緒に
生活し、こんなにもぷうちゃんのことを
わかってくれる飼い主さんでよかったと
幸せを感じていたはずです。
わたしも ゆきちんが病気をかかえこんでいるだけに
気が抜けませんが 後悔をいっぱいしないように
環境をととのえ できるだけのことをして
あげようと思ってます。
でも きっとそれでも後悔はしてしまうのだと思うのでしょうけど・・・。
飼い主さんなら その子を愛している分だけ思うのだと思います。
ダイスケさんも 心に穴があいて悲しい思いをしていますが周りのインコちゃん達にもぷうちゃんがいなくなったことは 気をつけてあげてくださいね。
こまめに体重をはかったりして ダイスケさんも悲しんでいる分 むうちゃんも悲しかったんだと思います。
ダイスケさんもむうちゃんも悲しくならないよう
二人でぷうちゃんの事を語るのもいいかもしれませんよ。
天国でぷうちゃんは今 何をしているのかなぁ〜って
笑いながらむうちゃんに話せる穏やかな日がくるといいですね。
1月に虹の橋を渡った、ぴーちゃんを思いながら泣けてきました。
私の選択は正しかったのだろうか?辛い投薬治療をして延命を望んだけど・・
飼い主の想いは一緒ですね。
この世の中から、病気なんかなくなってしまえばいいのに!
我が家も最後を看取ってあげられたのが、せめてもの救いでした。
ぷうちゃんの事笑って話せるその日を待ってますよ。
♪〜インコ天国は飼い主の自慢話できっと賑やかですよ。
号泣です。
最愛のコが旅立ってしまった時の辛い気持ちが癒えるのは、時間が必要ですよね。
私も春に旅立ってしまったコを火葬し、まだ手元に置いています。
できれば、土に返してあげたいのですが、マンション暮らしなのでままなりません。
ぷうちゃん、うちのコは「ぴーすけ」といって満8歳のおっちゃんですが気のいい奴ですよ(笑)
向こうでおっちゃんの話でも聞いてやってくださいね。
ダイスケさん、トミさん、今年の夏も暑過ぎですから...どうかお体ご自愛くださいませ。
また、いつか復活されるときを楽しみにしていますね!
(^.^)
時々おじゃまさせてもらっていましたが、初めてコメントさせていただきます。
愛する者との別れは辛いですね。
でも、短い時間だったかもしれませんが、ダイスケさん、トミさんにこんなにも愛されていたぷうちゃんは、きっときっと幸せだったと思います。
だから残された力を振り絞って、最後に皆にあいさつをしたんですよ。きっと。
今は辛いと思いますが、あとは少しづつ時間が解決してくれると思います。
再開される日をお待ちしてます。
ぷぅちゃんへのメッセージ読ませていただきました。
ぷぅちゃんはバードマンさんのご家族に出逢えたこと心から感謝していると思います。
バードマンさんのご家族と出逢えて本当に幸せな日々を過ごせたことでしょう。
愛情表現は上手ではなかったけどバードマンさんとトミさんのことが大好きだったと思います。
バードマンさんとトミさんがぷぅちゃんのことを好きだと思う気持ちと同じくらい、いえ、それ以上にぷぅちゃんはみんなのことが大好きだったのだと思いますよ。
今は苦しみのないあたたかな気持ちのよい世界で大好きなご飯をもりもり食べているでしょうね。
ぷぅちゃんは本当に幸せな子でした。心からそう思います。
また出逢える日まで。。。いっしょに手をつないで虹の橋を渡る日まで、ぷぅちゃんは笑顔でバードマンさん一家を見守ってくれていることでしょうね。
少し落ち着かれた様子で安心しました。
ダイスケさんのぷぅちゃんへの愛情がヒシヒシと伝わる文章でこっちまでグッときてしまいました。
最後のぷぅちゃんの様子には驚きと同時に、家のきいちゃんの最後の時を思い出し、涙がでました。
何時もはカキカキをしてもらってばかりのぼたんが亡くなる前にきいちゃんにカキカキをしてあげていた事、小鳥同士、通じ合う何かがあるに違いありません。
ぷぅちゃんは皆に挨拶をしたんですね。
少し早く逝ってしまったけど、いずれ又会えると思うと寂しくなんてありません。
ダイスケさん、トミさんどうかゆっくり休んで、又楽しいブログ記事を載せてください。
待ってます。
辛い日々だったこと、お察しします。
今も、何かの折りにふと思い出してしまうこともあるのではないでしょうか。
けれど、沢山の愛情を注いであげたお二人に、ぷぅちゃんは「ありがとう」って伝えて旅立ったのだと思います。
私たちも、同じような経験をしました。
小鳥にも感情があるんだなぁと感じたことを、少し長くなりますが書かせてください。
以前我が家にいた「まめ」と言う名のセキセイが、秋口に体調を崩し、お医者さまに診てもらい投薬治療を続けました。
体調の悪さと、お薬を飲まされるのが嫌で、すっかり鳴かなくなってしまいました。もちろんおしゃべりもしません。
けれど、まめちゃんは頑張って、一緒にクリスマスや新年を迎えることができ、このまま元気になってくれたら・・と願う日々でした。
そして1月4日の仕事初めの日です。
急いで家に帰り、玄関の鍵を開けたとたん、飛び込んできたのはまめちゃんの元気な鳴き声です。
私が帰って来たのを、とても喜んでくれていたような気がします。
けれどもこの日の夜中、鳥かごの中に普通でない様子を感じ、そっと見てみると鳥かごの床にうずくまっていました。見るからに様子が変でした。
夫と私は何かを感じ、鳥かごに手を入れたらまめちゃんは手のひらにそっと乗ってきました。
そして私たちの見守る中、手のひらの中で一瞬頭を上げ、目をあけて私たちを見てからそっと瞼を閉じ、眠るように頭をゆっくりと下ろしました。
まめちゃんに十分なことをしてあげられたのだろうかと、思い悩みもしましたが、最期を看取ってあげることができたことで、少しだけ心が癒されました。
ぷぅちゃんは、ダイスケさんとトミさん、仲良しのインコさん達に、感謝の気持ちと、「お先に!」って告げて虹の橋を渡ったのだと思います。
もしかしたら、ぷぅちゃんとまめちゃんは、仲良しさんになっているかも知れませんね。
ダイスケさん、トミさん、ゆっくり休養なさってください。
きっとぷぅちゃんもそう望んでいると思います。
私は闘病していた最愛のインコを、最後は私のミスで落鳥させてしまい、6年たった今でも後悔し続け、新しいインコを迎えられずにいます。
でも生きている時でも、精神と体というのがあって(人間でも)、体は見えるけど、精神はそもそも目に見えないですよね。だから今回姿は見えなくなったけど、ぷぅちゃんの精神はそこに、いつもと変わらずあるのだと思います。
うちのコはハッピーバースデーを歌うのが好きだったので、きっとぷぅちゃんの誕生日にも歌ってあげてると思います。ぷぅちゃんにmarioとも仲良くしてあげてねとお伝えくださいね。
本当に賢くて優しい子ですね(T_T)
きっと会えますとも!
いつか虹の橋の入り口できっと会えます!
慌てて迎えに行くと、動物さんが悲しんでしまうので、なるべくゆっくりですね。
最近私も忙しくてなかなかみなさんのところにお邪魔できなかったので、今日、ダイスケさんのブログにきたて、ぷぅちゃんのことを知りました。
ダイスケさんの記事を読んで涙が出ました。
私も、れもんを飼う前に私が小学校2年生の時にアンズというインコちゃんを飼っていました。
インコを飼うのはアンズがはじめてだったのでいろいろとまどいながら家族でアンズの世話をしました。
そして、私が中1のころ。
約4年間一緒に暮らしてきたアンズがお星様になりました。
その子は卵の産みすぎ、そして羽に腫瘍ができていて、最初は小さかった腫瘍も、日がたつにつれてだんだん大きくなっていて。
アンズがお星様になったのはたぶんその2つが原因だったのでしょう。
アンズの羽に腫瘍ができたとき、ちょっと家も大変な時期だったので、あまりアンズのことをみてあげれませんでした。もっと早く気づいて病院に行ってればよかったとか、ちゃんと勉強してればとか。たくさん考えました。
その子はとてもやさしくて、人懐っこくてとってもいい子でした。
ダイスケさんの記事を読んでそんなことを思い出しました。
きっとぷぅちゃんもダイスケさんのところでかわいがってもらって幸せ者だったとおもいますよ^^
だから今はゆっくり休んでくださいね^^
すいません。かなしいこといちゃって・・・
ダイスケさんとトミさんとゆっくりやすんでくださいね。ほんとうにすいません・・・
これからもよろしくおねがいします。
実はここで載せていただいてるハクが、えらいたんこぶができて今度の土曜に手術です。少しだけ切り取って正体をつきとめることにしました。
小さな鳥ですので、ちょっと心配もありますけど、がんばってくれると信じてます。
ちょっと報告したくて、場違いなんですけどここにコメントさせていただきました。
ぷぅちゃんには何らかの形でまた会えますよ、きっと♪
あたしはそう思ってます。
ただ、どんな形で会えるかわからないから、
そこを見逃さないようにしなきゃ、ですね^^